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| ★2002.8.28 |
・・・・・ 予測運転 ・・・・・ |
『怖いもの』はたくさんありますが、なんといっても一番怖いのは交通事故ですね
他人から見ると、乱暴な運転をしているとよく言われますが、車の運転については、こうみえても結構慎重なのです
慎重といっても、トロトロと運転をするのではなく、交通事故を起こさないように慎重に運転をしているのです。交通事故といってもいろいろありますが、岩や木にちょっとぶつかったりする自損事故ならば、ほとんど誰にも迷惑をかけないのでかまわないのですが、相手がいる事故をおこしてはいけないというのが僕のポリシーなのです。自分責任に起因する事故はもってのほかで、もらい事故と呼ばれているものでも、なるべく避けるよう運転することが、当たり前の事ですが、運転者のマナーだと思っています
車を運転しているときは、前方に注意するのはもちろんですが、僕はバックミラーや左右のフェンダーミラーを、1分に1回以上は見ながら運転をしています。これは、後ろから接近してくる車がいるのかいないのか? 来ているとするとその車種は? そのスピードは? などの自分の車を取り巻く環境を完全に把握するためです。赤信号で止まっているときでも、後ろの車に追突されないかどうか。後続の車が赤信号で停止していることを認識しているかどうか? そこまで自車の前後には注意をしながら運転をしています
前に大型のトラックやバスなどが走っている場合は、安全であれば追い越しますし、大型車が数台も続き追い越すことができそうもないときは、自販機などに寄り込み大型車の後ろを走ることを避けます。後続車が大型車の場合も同じです。自分の走っているペースよりも遅い場合は、放っておきますが、同じくらいのペースで走られると、追突などのもらい事故が恐ろしいし、なおかつ後続する大型車の後ろの状況がまったく把握できないので、そのようなときは、車を道路の端に付け、後続車をやり過ごすことにしてます。バイクが後続したときも同じです。必ず先に走ってもらうようにします
それと同時に、数十m先から数百m先の道路状況や道路の周囲を見ながら 『予測運転』 を行うのが普通だと思っています。また、ブラインドコーナーが続くような場所や、初めての道を走るときなどのように、聴覚から得られる情報が必要と思われるときは、夏であろうと冬であろうと窓を開けさまざまな音(情報:対向車のエンジン音など)を収集しながら運転をしています
そのような予測運転を心掛けることにより、何回かは交通事故からも免れているものと思っています
そんな思いで車を運転していると、この写真のような車が走っていると、どうしても頭にきてしまいます。何が頭にくるかというと、車を運転するのに後部ガラスにカーテンをしていることです。これでは、運転者にとってまったく後ろの状況もわからないし、後ろから来る車も、ガラス越しに見える前の状況がまったくわかりません
このような車の後ろについて車を走らせるのは自殺行為と等しいと思っている僕は、すぐにこの車を追い越したのですが、追い越しざまに運転席を見ると、案の定、運転者は50がらみのおばさんでした。まあ、後部ガラスのカーテンを締めきって運転をしたり、交通事故を起こしても、僕にはまったく影響がないのでかまわないのですが、他人を巻き込まないためには、このような状態で運転をすすのは謹んでもらいたいものです
僕の車はワゴン車で車高が高いものですから、前車が普通の乗用車でしたら、カーテンをしていようが、真っ暗なスモークを入れていようが、まったく影響がないからかまわないのですが、前車が後部ガラスをスモークにしているワゴン車については、ガラスを通して前が見えないということは、基本的にはカーテンを締めているのと同じですね。やはり、後ろを走っていてもストレスを感じてしまいます。そんなことにストレスを感じるのは僕だけなのでしょうか?
ちなみに、僕のデリカ号は、後部ガラスにはスモークが張ってありません
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| ★2002.8.26 |
・・・・・ 夏の終わり ・・・・・ |
昼間は、まだまだ暑いのですが、朝夕はめっきり涼しくなってきました
夏休みもそろそろ終わりの季節になってきて、子供達も宿題の整理や、最後の遊びにと必死のようです
小さい頃は、夏休みというと無茶苦茶なことばかりしていたような気がしますが、社会人となった今では、思ったことも何もできずに、ただ無為のうちに時間だけが過ぎていくような感じがします
今日は、「無茶苦茶」とはちょっと違いますが、1ヶ月ほど前に長野で見た「どろんこバレー」を紹介します。紹介といっても、たいして詳しいわけではなく、たまたま通りかかった富士見町の田んぼの中で、それは行われていました
「どろんこバレー大会富士見町予選」とあったので、県大会か全国大会でもあって、その予選会だと思います。最初は別に興味もなかったのですが、車を止めて見ていると、なかなか面白くてついつい数試合も見学してしまいました
会場は、ごらんのとおりの水を張った水田で行われていました。ルールは単純で、ただ田んぼで行われるバレーボールで、なんといっても面白いのは、出場選手のほとんどが、試合が終わると泥で真っ黒になることです
出場選手は20〜30歳代の若者がほとんどで、応援している人達もその家族や恋人という感じで、なかなか盛り上がっていました
こんなゲームですから、もちろん受け狙いで真っ黒になる若者がいたり、真剣にボールを追いながら真っ黒になるものがいたり、応援席では、ビール片手に茶化す仲間がいたりと、プレーしている選手・応援している人達・見学者の人々が和気あいあいのなかで一体となって楽しんでいるゲームでしたね
久しぶりに、見ているだけでも楽しい時間を過ごすことができました。この日は特に用事もなかったので、思わず飛び入り参加をしたいくらいでしたが、着替えを持ってないので、さすがに断念しました
ちなみに、コートの横には、簡易シャワーが設置してあり、どろんこになった選手は、試合終了後にはそこで泥を洗い流していました
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| ★2002.8.24 |
・・・・・ 東北旅行番外編・2 ・・・・・ |
番外編といってもたいしたことはない昨日の続きです
三陸といえば、やはり漁業関連が唯一の地場産業でしょうか。沿岸漁業、サケ・タイ・ヒラメ・カキなどの養殖、あるいは水産加工品の製造といったところでしょうか。リアス式海岸沿いの道を走っていると、小さな入り江はほとんどが漁港として整備をされているし、道沿いにある工場の看板などを見ていると○○水産・○○水産加工・○○漁業などというように、ほとんどが水産加工業の工場ばかりで、なるほど、漁業中心の地域であることがわかります。今日は、そんな風景を少し紹介します
最初に出会ったのは、この シジミ獲り です。北上川の河口周辺でさかんに行われているようで、何人かのシジミ捕りの人々を見ましたが、ほとんどがお婆さん達ばかりで、合計10人ほどに会いました。北上川の河口といっても、純粋な北上川ばかりでなく、河口周辺で北上に流入する小河川も何本もあり、この写真は、北上川に流入する直前の小河川での光景です。山梨では、シジミ捕りなどほとんどできませんので、ちょっと珍しい光景でした
2枚目の写真は、「獲る漁業」から「育てる漁業」へと転換を図っている、日本漁業のまさに象徴とも言うべき 養殖筏 の写真です。とにかく、リアス式海岸ですから、あちらこちらに波の穏やかな入り江(内海)ばかりですので、どこをみても養殖筏ばかりです。サケ・ヒラメやカキなどを中心に盛んに養殖がされていて、恐るべき数にのぼる養殖筏があります
養殖といえば、ニジマス(といっても、レインボートラウトではなく、スチールヘッドの方ですが・・・・・)、スメルト(銀毛)化した幼魚を、そのまま海の養殖筏に移し、養殖をするとサケ以上に成長が早く、養殖効率が高いものになる事がわかっていて、三陸で実践をしています。ちょっと興味があるので、いつかは見てみたいと思っています
3枚目の写真は、 ウニ獲り の写真です。お婆さん達は潮が引いた浅瀬の岩礁で、おやじさん達は、箱メガネを持って深い岩礁地帯でムラサキウニを捕っていました。海からあがってくるおばさん達に、その戦果を見せてもらうと、どのおばさん達もたくさんのウニを持っていて、こんな200m四方ほどにも満たない非常に小さい入り江なので、毎日、こんなに獲ってウニが絶滅するのではないかと思うくらいですが、どうもそうではないようなのです。やはり、単純に海が豊かだからでしょうか
4枚目と5枚目の写真は、 テングサ獲り の写真です。この海岸では、潮が少し引きはじめた早朝から何人もの人達が、テングサ獲りに来ていました。4枚目の写真を見ると、引き潮により潮が引いている様子がわかります。この岩浜や奥の岩礁には、波により打ち上げられ引き潮によりテングサが岩の間に取り残されており、それを拾い集めていました。最初は、三陸名産の布海苔(フノリ)でも獲っているのかと思い、近くにお婆さんに声をかけてみると、布海苔ではなくテングサだそうでした。右の写真は、同じような小さな岩礁帯の入り江で船上からテングサを採集している様子です
今回の三陸海岸では、間近にこのような光景にも出会えて良かったのですが、本当ならば、一緒になって 漁 を楽しみたかったなぁ・・・・・
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| ★2002.8.23 |
・・・・・ 東北旅行番外編・1 ・・・・・ |
番外編といってもたいしたことはないのですが・・・・・
瑞巌寺でちょっと驚いたことは、参道の周囲に植えられた杉の木です。遠くから見ていると別に何も感じないのですが、近くに行って見ると大小さまざまな大きさ(太さ:胸高直径70〜150cmくらい)にもかかわらず、樹冠部の高さがほとんど同じなのです
最初は、台風などによる強風や積雪、あるいは雷などにより梢部分が折れたのかと思って見ていたのですが、よく見ると自然に折れたのではなく、写真でもわかるように人為的に切り落とされているようです
なぜ、このように梢部分を切り落としてしまうのでしょうか。杜を落雷による火災から守るためのような感じもするのですが、さりとて避雷針も見えなかったので、実際には何のためのものかはわからずじまいでした
次の写真は、石の屋根です。実際は石の屋根ということではなく、石でできた瓦ということになるのですが・・・・・
ここ三陸地方は、粘板岩が算出することでも有名なところで、その粘板岩を加工して屋根瓦として利用しています。まあ、日本古流のスレートという感じでしょうか。なかなか渋い物です
残念ながら、今では作られていないらしく新築家屋には、まったく使われていなく、あと数十年もすれば、このような光景も見られなくなるのでしょう。寂しいものです
次の写真は、車にひっかけられた海鳥の糞です。山梨では、車に鳥の糞が落ちてくるのは、ほとんどが小鳥なのですが、さすがに海鳥です。糞もでっかいのです
ウミネコかカモメの仲間なのでしょうか。たくさんいるのですが、まったく区別もつかないし、種類がわからないのですが、とにかく大きな糞ですね
最後の写真は、ちょっと気になった物です。
昔の潜水服の一部で頭にかぶるモノです
このような珍しいモノを見ると、ついつい欲しくなってしまい、よっぽど譲ってもらおうかと思ったのですが、家に持ち帰っても置くところがなさそうなので、断念しました物です
今考えると、やはり譲ってもらうべきだと、ちょっと後悔している逸品です
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| ★2002.8.17 |
・・・・・ 東北旅行・4 ・・・・・ |
「五月雨の降り残してや光堂」・・・・・松尾芭蕉
さて、夏の旅行もいよいよ最終日で、今日は家に帰るだけです
結局、釜石まで行くことができずに、昨夜は陸前高田市内泊まりでしたので、これから北上山地を越えて東北自動車道を目指すことにし、北上越えのルートを地図で確認してから出発です。矢作川沿いに室根山方向へ向かうことになるのですが、この矢作川も知る人ぞ知るという川なのですが、ここではその詳細は割愛します
この日は日曜日で海水浴にでも来るためでしょうか、水沢方向(逆方向)から、陸前高田方向へ向かってくる車は大変数が多く、陸前高田市内から山にさしかかるあたりまで渋滞をしていましたが、反対方向へ向かう我々は、通行量も少なく快適なドライブとなりました
今泉街道を通り一関市に向かい、途中、猊鼻渓でも見て帰ることにしたのですが、室根山を越えるあたりからポツポツと雨が降り出してきたため、猊鼻渓見学はやめて、その近くにある幽玄洞にでも寄り、子供達にミニ探検でもさせようかと変更して、この鍾乳洞に寄ることにしました。まあ、それに洞窟の中は涼しいだろうと・・・・・
洞窟見学(ミニケービング)を終えた後、一関を目指したのですが、途中で気が変わり平泉の中尊寺に向かうことにしました。このような観光地とはまったく縁もないし、好きでもないのですが、家族のためにはイイだろうと・・・・・
それに、僕の好きな松尾芭蕉がこのお寺に立ち寄ったときに詠んだ 「五月雨の降り残してや光堂」 という句があるので、芭蕉関連だから一度は見ておこうかなと言う感じです
しかし、初めて訪れた中尊寺には、いくつか驚かされました。一番驚かされたのは、やはりその規模ですね。中尊寺といえば金色堂なのですが、金色堂以外にもさまざまな堂舎があり、本堂と金色堂しか知らなかった僕には、想像以上の大寺院でした。「よくぞこんな田舎に!」という感じでした(地元の方・・・申し訳ありません)
2点目は、小高い丘(山)の上にあったことです。藤原氏という昔の公家さんが建立したので、なんとなく北上川の河岸段丘の平らなところにあるものだと勝手に想像をしていたのですが、本格的な一山を形成しているとは思っていなかったもので、ちょっと感激でした
3点目は、著名な金色堂が覆堂に覆われており、空調付きのガラスケースに入っていたことです。普通に雨ざらしになっていると思っていたので、金色堂入り口などという看板を見ても、「それらしき建物もないし、いったいどこにあるんだろう?」と・・・・・
4点目は、中尊寺といえば東北でも有数の寺社であり、観光地でもあると思っていたので、周囲には門前町や、たくさん訪れる観光客のため観光地化されていると考えていたのですが、以外や以外、門前に10数軒の飲食店兼お土産屋さんがあるだけでした。しかも、堂舎は杉林の中にあるので、外からは杉林が見えるのみですので、看板がなかったり、200mも離れたりすると、「どこに中尊寺があるの?」というような感じでした
中尊寺に着いたときは、天気は曇りでしたが、しばらくすると雷を伴う大雨に見舞われ、中の売店で傘を買う羽目になってしまいましたが、傘をさしていてもズボンや服までもびしょ濡れになるほどの横なぐりの雨で、さんざんな参拝になってしまいました
その後、東北道をひた走り、甲府に着いたのは夜中でした
本日の1枚目の写真は、幽玄洞内にあった石筍です。古生層地帯にはこのような石灰岩が多いため、鍾乳洞などがたくさん見られます。でも、よくよく考えてみれば奥多摩から八ヶ岳にかけての秩父古生層地帯の方が立派な鍾乳洞がある感じがします
2枚目の写真は、中尊寺の数ある堂舎の中でも、一番気に入った堂舎です。名前は忘れてしまいましたが大日堂とでも読むのでしょうか。写真で見ると、ちょっと屋根が重たく感じますが、実物はなかなかシンプルで、小粋さを感じる建築物でした。この頃は、まだ雨が降っていません
3枚目写真は、金色堂を見学したあとに現れる松尾芭蕉翁の銅像です。繊細な日本人の中にあって、僕が最高の文学者と考えている人です。この頃は、このような大雨になっていて、ずぶ濡れ一歩手前の時でした
最後の写真は、デリカ号のオドメーターです。家に帰った翌日見てみましたら、走行距離は1518kmになっていました。だいたい想像どおりの走行距離でした。東北新幹線で行けばすぐなのに、やはり東北は遠いですね
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| ★2002.8.16 |
・・・・・ 東北旅行・3 ・・・・・ |
さて、いよいよ第3日目も、北へ向かって海岸線を北上します
予定では、とりあえず陸前高田まで上って、ここで少し泳いでから釜石まで行こうかなと考えていたのですが・・・・・
北上の途中にある唐桑半島にちょっと立ち寄ってみたら、小さなビーチがあり、ここでまたしても子供達の「泳ぎたい」欲求が爆発してしまい、結局、ここで泳ぐことにしました。これで、釜石まで上ることは事実上不可能となりました
この半島は、今までに立ち寄ったことがないので、家族を泳がせている間に、少しだけ探検をしてみました。ここは小さな半島ですが、さすがは古生層地帯のため、硬質な粘板岩や石灰岩の露岩が所々見られるのですが、海岸線に降りられるような所はほとんどなく、ちょっとがっかりでした
その後、家族を置き去りにしたビーチに戻り、僕も泳ぐことにしました。当たり前といえば当たり前かもしれませんが、ここまで来ると海水温もかなり低く、海に入るときなどは、気合いを入れなければ入れないくらい冷たかったです
この日も、晴れ上がって非常に暑かったので、30分ほども泳いでいると体も程良く冷えてきて、海から灼熱のビーチにあがっても、しばらくは暑い思いもせずになかなか気持ちがよいものでした
ここでの一番の驚きは、なんといっても女性のおおらかさです。それは、泳ぎ疲れて浜の日影で休んでいるときでした。同じように左隣で休んでいた30歳前後の奥さんが、水着の上に赤いTシャツを身につけて、手は袖に通さずに、Tシャツの中でなにやらゴソゴソをしていたと思ったら、なんと、僕の横6〜7mくらいのところで着替えを始めたのです
おいおいウソだろ〜・・・・・と、思ったのですがまさか真剣に見るわけにもいかず、目のやり場に困りながらも、チラリと横目で覗くと、今度は、プールバックから取りだしたブラを装着しているようで、シャツの中にある手は背中にまわり、ホックをかけているようでした。しばらくすると、ブラを着け終えたようで、赤いTシャツと腰まで下ろしたワンピースの水着姿で立ち上がり、腰にバスタオルを巻きはじめました。どうやら今度は、いよいよ水着の完全脱衣とパンツの装着に移ったようですが、当然まじまじと見ることはできません
ましてや、右隣にはカミさんがいるし・・・・・
その後のことは、みなさんのご想像におまかせいたしますが、来年も東北の海に行きそうなことだけは間違いありません
この日は、十分泳いだあと、陸前高田市まで車を進ませ、最後の宿を取ることにしました
本日の写真は、1枚目の写真は唐桑半島にある巨釜(おがま)というところの写真です。特別にたいしたところではなく、このような石灰岩が露頭している小さな岬みたいなところです。この尖った岩は名前が付いていたのですが、忘れてしまいました
2枚目の写真は、やはり近くの岩礁の写真です。アマツバメとともに小さな海鳥がたくさん飛んでいたのですが、やはり写真では何も写っていないようにしか見えません。海鳥に弱い僕には、何の種類なのかわかりませんでした
3枚目の写真は、伐倒・薫蒸処理されているクロマツの写真です。こんなところにも松食い虫の被害が見られはじめているようで、このような岩壁のクロマツやアカマツが枯れはじめたら、どうなってしまうのか、ちょっと心配される光景でした

4枚目の写真は、岩ガキの写真です。夏と言えば、やっぱり岩ガキですね。ただし注意しないとこの岩ガキも『あたり』ます。生で食べる場合は、鮮度の高いものをお薦めします。殻のまま焼いて酒と醤油をたらして食べてもグーです
最後になりますが、これがホヤです。これは好き嫌いが激しく、好きな人には、こたえられないのですが、嫌いな人には、まったくダメという好みが分かれるものです。刺身・酢の物・煮物などがお薦めかも・・・・・
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| ★2002.8.14 |
・・・・・ 東北旅行・2 ・・・・・ |
さて、東北の2日目は、海岸線を北上することから始まります
地図を見てみると、すぐ近くに「長面」と呼ばれる湖があり、ここにはハマナスやハマエンドウの群生地と書いてあったので、ちょっと寄ってみることにしました
ところがところが、湖と思っていたこの場所は「潟湖」でして、ハマナスやハマエンドウなんてほんの少ししかなく、なんとも想像外のところでしたが、よく見るとダイサギやアオサギなどに混じりミサゴが飛んでいるではありませんか。たまには、ミサゴを見るのもイイかなと、少し観察を続けていると、合計で4羽いることがわかり、なぜこんな小さな潟湖に4羽もミサゴがいるのかと思い、付近を探していると、ミサゴの巣らしきものもあったのですが、ミサゴの巣を見たことがない僕には、本当かどうかわかりません
20分ほど見た後、近くの翁倉山にちょっと立ち寄ることにしました。ここは東北のイヌワシ生息地でも一番有名な場所で、地元の立花先生がかなり前から観察をしていたところで、僕もここを訪れるのは、今回で4回目になりますが、ここのイヌワシはあんまり姿を見せてくれなかったことを思い出しました
さて、朝一番のわずかな時間だけを僕だけの為に費やしたので、あとは、また子供の海水浴の時間となります。再び海岸線を北上することにしました
小さなビーチをいくつか通り過ぎるうちに、子供達の「泳ぎたい」欲求は、ピークに達したので、今日はちょっと大きめな大谷海岸というところで、泳ぐことに決めました。このビーチは、この付近では珍しく大きな海水浴場となっており、海の家なども2〜3軒あります。ちなみに、海の家がある海水浴場に来るのなんておおよそ30年ぶりくらいでしょうか。人混みが嫌いなもので、大きな海水浴場には、ほとんど行かないので、小さな砂浜と岩礁に囲まれたような小さな入り江で泳いだり潜って遊んだりするのが好きなのです。ビーチをよく見ると北の方はほとんど人もいないので、これなら良いかなということで、この浜で泳ぐことにしました
三陸海岸は古生層地帯で有名なところなので、家族を海岸に残した後、近くの古生層岩盤が露頭している所などを3カ所ほど一人で見学に行くことにしました。もちろん、僕の好きな流木や石ころを探す楽しみも含んでいます
1時間ほど近くの岩場(岩礁)で遊んだ後、家族と合流して、夕方までボディーボードなどを楽しむという俗な1日でした
本日の写真は、1枚目は昼食に食べたフカヒレスパゲッティーです。三陸はフカヒレでも日本で一番の漁獲高を誇り、有名なところですが、なかなかフカヒレ料理といっても、そのほとんどは都会へ流出するために地元ではなかなかお目にかかれないのですが、中華料理以外で食べられるとは思わなく、興味半分で食べてみました。味のほうは、ちょっと中華風の味付けでもあり、なかなか美味しかったです
2枚目の写真は、夕食の写真です。この日はホタテとホヤが中心の料理ですが、やはり子供も同じメニューなので、ホヤやホタテのヒモなど食べられるはずがありませんので、この夜は、ホタテとホヤを見たくないほど食べ飽きました。この夜の料理は、ホタテのヒモが最高に美味しかったです
3枚目の写真は、古成層岩盤を見るときの海に降りる降り口です。すでに何回か来たことがあるところなので、他県の人ではわからないこんなところも少し知っていたりします
4枚目の写真は、長面で出会ったミサゴです。大声を出したら、やっとこちらを向いてくれました。ちょっと見は、ハクトウワシみたいです
5枚目の写真は、翁倉山の宮城県指定の自然環境保全地域の看板です。この奥がイヌワシの生息地になっております。イヌワシをはじめとする猛禽の生息地については、さまざまな理由から非公開にされるケースが多いのですが、このようにオープンにされても守られているところもあるという良い見本の場所だと思います
そこに住んでいる住民にも知らせないで保護しようなんてとても無理な事です。何人かの住民に聞いたのですが、ここの地域では全員がイヌワシの存在を知っているとともに、なかには誇りにしているような口ぶりのお婆さんさえいました。見習いたいものです
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| ★2002.8.13 |
・・・・・ 東北旅行・1 ・・・・・ |
やっぱり甲府盆地は暑い!!
涼しい東北から帰ってくると、甲府盆地の暑さは一段とこたえます
さて、先日は2年ぶりに三陸へ行ってきました
目的は、ただ単に子供の海水浴です。どうせなら、僕自身もいろいろと楽しもうということで、毎年、あちこちと場所を変えながら楽しんでいるのですが、今年は南三陸〜陸中海岸というコースにしようと思い立ち、とりあえず、仙台方面に向けて出発です
出がけにはバッテリーがあがってしまい、交換したのも関わらず、エンジンがかからないというトラブルに見舞われましたが、どこかの配線が接触不良というのが原因のようで、なんとかオンボロデリカ号も動くようになったので、出発時刻は予定よりも遅れましたが、恐る恐る甲府を出発しました
都内に入り、環8は比較的すいていたので、なんの渋滞もなく大泉ICから東北自動車道へ乗り込み、車を北へ走らせました。途中、数度の休息をとりながら国見SAで仮眠をとることにしました。最近はSAで仮眠をとる車も多いらしく夜中だというのにけっこう盛況でした
このSAで止まったときに、トイレに寄って顔を洗い、一服して車に戻って寝ようとした時ですが、帰ってくると車にカギがかかっているではありませんか。「あれっ、カギをかけた覚えはないのだけど・・・・・」と、思いながらも、持っていたカギをカギ穴に差し込んで回すのですが、なんとしても開かないのです。「・・・・・むむむ、どういうことだろう?」、不思議に思い、助手席側を開けようと車を回り込んだら・・・・・なんと、自分の車ではないのです
これには、驚きました!・・・よくみると後ろの座席はカーテンでしきりがしてあり、何も見えないようになっていました
そぉ〜っと、その車から離れ、自分の車を探したら次の駐車する列に僕のデリカ号があるのを見つけ、恥ずかしさをこらえながら急いで車に乗り込み、とりあえず仮眠したのですが、あのとき僕が間違えた車の中で寝ていた人達は、はたしてドアを開けようとした僕に気が付いていたかどうか。ひょっとしたら、気が付いたけど、恐ろしくて出てこなかったのか・・・・・
さて、朝の7時頃には目が覚め、これからどこへ向かおうかと、道路マップを見てみると、仙台南部道路と三陸自動車道というのが東北自動車道から最近連絡されていることがわかりましたので、さっそくこの道路を利用して仙台軽油で三陸海岸に入ることにしました
どうせなら松島でも見ていくかと、途中のICから降りて、松島と瑞巌寺を見学。瑞巌寺では参拝開始時間になっていなかったので、境内を散歩しただけで、瑞巌寺には参拝もせずに再び海を目指すことにしました
石巻市まで三陸道路を通り、そこからは一般道を三陸へ向かいます。しばらくすると女川町へ入ります。ここは海苔の養殖で有名なところなので、海を見てみると海苔養殖の杭が林立している様子が見えます
さらに車を進めていると、やがて小さな浜辺が見えてきたら、子供達の「泳ぎたい」欲求は頂点に達したので、本日はここで泳ぐことに決めました。もちろん浜辺には人っ子一人いません。海は綺麗で、もちろん海の家などあろうはずがないところです
今回は、なんとか釜石市まで行くことが目標なのですが、こんなところで足止めをしていたのでは、とても着けそうにありませんが、これからどうなることやら・・・・・
本日の写真は、1枚目が瑞巌寺境内の写真です。この奥にお寺があるのですが参拝時間前だったので、境内を散歩しただけで、出てきてしまいました
2枚目の写真は、昼食の「生ウニ定食」です。なかなか美味しかったのですが、昼食に生ウニを食べたのがちょっと惜しまれるような3枚目の写真は、夕飯の写真です
生ウニ・サーモンの刺身・マイカの刺し身・焼きマイカ・タコ・子持ち甘エビ・サバの味噌煮・シラス・ホヤなどが、所狭しと広げられ、おまけに子供も同じメニューです。子供では、こんなに食べられないし、まだまだ生ものが好きでもないため、子供の生ものはすべて回ってくるし・・・・・
とにかく、美味いのですが、とても食べきれる量ではありません。わずか一日でウニ・甘エビ・イカ刺しを食べ飽きてしまいました
このメニューを見ていると、ついつい生ウニなどの食材に目がいってしまうのですが、なんでもないようなイカ刺し・タコ・サバの味噌煮の3品は絶品でした。 特に、タコについては、こんなに美味しいのを食べたことがないくらいの美味しさでした。タコだけは、また食べたいですね
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| ★2002.8.6 |
・・・・・ マクドナルド ・・・・・ |
デフレもここまできたのかという感慨が深いのが、「マクドナルドのハンバーガー1個59円・ホットドック75円!」
これには、さすがに驚きですね
吉野屋の牛丼が1杯280円にも驚かされましたが、このハンバーガーの値段には、もっと驚かされました
コンビニでパンを買っても、ほとんどが100円以上はするし、ちょっとお洒落なパン屋でも行けば1個200円前後くらいはするなかで、ハンバーガーがほとんど半値の59円とはすごいものです
マクドナルドが日本に進出してきたのは、30年ほど前でしょうか。僕が小学生の高学年か中学生の時と記憶しています。当時は初めて口にする味で、不思議な食べ物だと思って食べた記憶があります
その後、山梨県にも出店されるようになり、日本全国どこでもハンバーガーが食べられるようになりましたが、僕はあんまりこの食べ物が好きではないのです。魚のフライが挟まった奴は、年に1〜2回ほど食べるのですが、こちらは安くなっていないようです。どうせなら、この魚フライを安くしてくれればいいのですが・・・・・
よく見ると、ホットドックも75円です。これは少しお買い得な感じで、これなら食べてみたい気がしますね
いずれにせよ、これらを2個買っても、200円でお釣りがくるとは、ちょっと信じられない価格です。最初の頃はいくらくらいしたのでしょうか? ネットで検索しましたが価格はわかりませんでした。僕の記憶ではハンバーガー1個で200円近くはしていたような気がするのですが、今では59円とは、いかにデフレが進んでいるとはいえ、価格が三分の一くらいになるとは、すごいことですね。いかに企業努力や、当時から比べればが円高が進んだとはいえ、これほどまで下がるとは、見事としか言いようがありません。さすがはトヨタやソニーと並ぶ超優良企業ですね
それとも、以前はただたんにボラれていただけなのか?
いろいろと検索してでてきたのは、「銀座にマクドナルドの日本第一号店がオープンしたのは1971年」だそうで、そうすると、すでに31年が経過したことになるのですね。当時は、米を主食にしてきた民族がそう簡単にパン食に変われるはずがない、という声が圧倒的だったそうですが、そんな批判をよそにマクドナルドは、多くの若者の支持を受け、一大外食産業として成長してしてきたことは周知のことです。第1号店は日本橋の三越にできたそうで、7月の20日には、1万人以上の客がつめかけ、1日で100万円以上の売り上げを記録したそうです。恐ろしいほどの熱狂ぶりだったんですね
本日の写真は、僕の昼食の定番となっているソバです。やっぱりマクドより、長いものの方がエエなぁ・・・・・
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| ★2002.8.5 |
・・・・・ 住基ネット ・・・・・ |
いよいよ住民基本ネットワークが稼働したようです
報道などによると、横浜市を始めいくつかの市町村が同ネットこ参加しなかったり、見合わせているような報道がなされたり、何人かの知識人が同ネットによる弊害を強く訴えたりなどというような報道がなされています
確かに個人情報保護法が成立してからでないと、安全でないといえば安全でないとは言えるのですが、同ネットで表示される個人情報なんて住所・氏名・生年月日・性別くらいで、これくらいの情報など、流出してもたいしたことはないと思うのですが、どうしてこんなに騒がれるのでしょうか。著名人ならば隠匿しておきたい情報もあるのかとは思いますが、我々凡人では、まったくどおってことないのですが・・・・・
毎日のようにわけのわからない勧誘のDMはくるし、Eメールだって、毎日数通のウイルスメールが来るのですから、知ろうと思われれば、どんなことをしても情報の秘守なんて不可能な事だし、住所くらいだったら電話帳にほとんどでているし、生年月日などほとんど人は興味はないだろうし・・・・・いったい何を恐れているのか、さっぱりわかりません
最近では、子供に関係するDMも、塾・家庭教師・習い事などなど・・・・・メチャメチャくるようになっています。お年を召した方には、お墓の案内までDMで来るようですので、いまさら・・・とは思うのですが・・・・・・
このような人権問題になると、ついつい書きたくなることがあるのですが、またそれは別の機会にでも・・・・・
本日の写真は、ニイニイゼミの写真です。孵化して間もないのか、はたまた赤色個体なのか、かなり赤みがあるのがわかります。いったい何だろう・・・・・・
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| ★2002.8.4 |
・・・・・ 紙幣一新 ・・・・・ |
完全に、夏バテしています。まったく気力無しの土日でした
昨日の新聞によると、2004年度より紙幣を一新すると言うことです。1万円札は今までどおり福沢諭吉で、5千円札は樋口一葉1000円札は野口英世になるということで、偽造防止とともに、新紙幣発行による経済の沈滞ムードを払拭することが目的にあるそうです
新紙幣を発行しただけで、景気が良くなるとはとうてい思えないし、さりとて「偽造防止」という観点でみても、現行紙幣は、「偽造ができないくらいの技術水準で作った」という鳴り物入りで登場した紙幣なのに、すでに偽造技術が、そこまで追いついてしまったのか?
追いついたにしては、偽札が大量に流通しているというような報道も聞くことはないし、結局は、気分一新といったところなのでしょうか。まあ、自販機などで新紙幣の読みとり装置を作るメーカーだけは、景気が良くなりそうですね
一方では、日本経済の足を引っ張っていると言われている不良債権は、昨年度比9兆6000億円増の43兆2000億円という天文学的な数字になっていることが報道されていました。詳しいことはよくわかりませんが、ほとんどの銀行は、いわゆる債務超過の状況にあるようです。一般企業ならば、とっくに倒産しているのでしょう
昨年の小泉さんの「骨太の方針第1段」では、この不良債権処理問題が大きく取り上げられていたのですが、今年の「骨太の方針第2段」では、不良債権処理問題など、小指ほども触れられていないような気がしたので、少しは処理も進んでいるのかと思ったのですが、とんでもないことで、ちょっとその数字に驚きを隠しえません
期待を寄せていた田中マキコさんは、途中で更迭されてしまうし、竹中ヘイちゃんや石原さんも、1年たったのに目に見える変革はほとんど無いし・・・・・ちょっと残念な感じがしてます
まあ、抵抗勢力の圧力が強いんだろうとは思いますが、国民の80%の期待を受けた内閣にしては、結果がでてこないのは、あまりにも情けないことではないのかという思いになってきました。改革には有無をいわせぬほどの電光石火のスピードが大事だと思うのですが・・・・・・
本日の写真は、甲府盆地であげられる花火の一番大きな2尺玉の写真です。今は3尺・4尺玉などという地響きを立ててあがる花火もあるようですが、甲府盆地ではこれくらいがちょうどいいかもしれません。
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| ★2002.8.1 |
・・・・・ 熱帯夜 ・・・・・ |
完全に、夏バテしています
みなさまは、いかがお過ごしでしょうか?
毎日の暑さと、連日連夜の熱帯夜のおかげで、少々夏バテ気味です。まったく何もやる気がおこらず、ただグデグデしているだけの日々を過ごしております。元気な人が羨ましいくらい、バテてます
昔は、多少の熱帯夜でも、今のようにクーラーなしで寝ていたのがウソのようなくらい平気で寝ていたのですが、今ではクーラー無しでは寝ることもままなりません。なぜ、昔はこんなに暑くても寝られたのかと考えてみたら、ある特殊な方法を使っていたことを思い出しました。それは、寝る前に体を冷やすことなのです
体を冷やすことにより、汗もかかず、肌もサラサラな感じで寝ることができるのです。10年ほど前までは、夏になると子供を風呂に入れた後、寝る前に「水シャワー」を浴びるか、「水風呂」に入ることにより、寝る前に体を少し冷やし、肌もサラッとして、気持ちよく寝付くことができるのです
昨年の酷暑の時には、何といいますか・・・体の芯まで暑くなってしまい、水シャワーを浴びただけでは体の火照りはおさまらず、毎晩、水風呂ばかり浸かっていたので、今年の夏も水風呂専門でここまで過ごしてきました。当然、風呂に入るのは家族で一番最後となります。だいたい22:00前後でしょうか。家族も夏になるとぬるめの風呂に入りますのですが、昨晩は、珍しく熱い風呂に入ったようで、僕が入ったときにも、39度前後と思われるかなりの熱さでした。いつもならもっとぬるいお風呂で、僕はそれに水を足して水風呂にして入るのです
昨晩は、「こんな熱い風呂を水風呂にするのは大変かも・・・」と思い、久しぶりに熱い風呂にして入り、風呂上がりに水シャワーでも浴びようかなと、湯温を41度まであげて汗だくになって風呂に入っているときに、突如として昔の記憶が鮮やかに蘇ってきました
それは、昔実践をしていた僕の熱帯夜対策なのです。どのような方法かといいますと、家で熱い風呂に入り、たっぷりと汗を流した後、寝る前にこっそり近くのプールに忍び込み泳ぐことなのです。1時間も泳いでいると、体もすっかり冷え、しかも心地よい疲れを感じますので、家に帰ると、どんなに暑い夜であろうとも、すぐにぐっすりと寝付けるのです
大学生の時などは、夏になると、仲間と近所の中学校のプールに忍び込んで、同じ事をよくしたものです。最後の頃になると、銭湯代の節約だとばかり、風呂代わりにも利用させてもらい、湯桶・シャンプー・石鹸まで持ち込んで使わせていただいておりました。今考えてみると、のどかな学生生活をしていたものです
さすがに、社会人になってからは、夜中に近くのプールへは入っておりません(念のため)
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